■日吉和子 池田裕美枝 江川美保 万代昌紀( 京都大学医学部附属病院産科婦人科)
【背景と目的】
月経前症候群(PMS; Premenstrual Syndrome)は月経前に不快な精神的・身体的症状を繰り返す病態であり、そのうち精神症状が重篤で生活に著しい支障をきたす最重症型をPMDD (Premenstrual Dysphoric Disorder)という。卵巣のホルモン分泌機能が正常である女性において発生するこの病態のメカニズムには不明な点が多く、内分泌系と神経系の複雑な相互作用が示唆される。自律神経活動に関しては、PMDD女性において健康女性・PMS女性と比較し黄体期の高周波数帯域(HF: High Frequency)の有意な低下が示された横断的研究の報告がある。しかし月経周期に関連した黄体期、卵胞期の自律神経活動変動を長期的に測定した報告や起立負荷における自律神経の変化を検討した報告はまだ見当たらない。そこでわれわれはまず規則的な月経周期を有する健康女性において、起立負荷時の反射も含めた自律神経機能を縦断的に測定するpilot studyを行った。
【対象】
健康な若年成人30代女性、1名。喫煙習慣はなく、薬物及び経口避妊薬の使用もない。
【方法】
座位、起立、起立保持、座位をそれぞれ1分毎に連続して行い、その間の自律神経活動を心拍変動解析ソフト「きりつ名人®」(クロスウェル社)を用いて測定した。測定は1-3日に1回行い、月経5周期にわたり縦断的に測定した。月経前5日間(黄体期)、月経開始後5-10日目(卵胞期)のデータを用いて黄体期、卵胞期の自律神経活動についてt検定を用いて分析した。
【結果】
月経周期日数平均33.7±6.0日、月経平均日数4.8±1.7日間であった。PSST(The Premenstrual Symptoms Screening Tool)におけるPMDDスクリーニングではPMDD、PMSともに兆候は見られなかった。黄体期のデータ19日分、卵胞期のデータ23日分を対象に2群間のデータをt検定にて比較した。起立後立位保持時のHFは卵胞期と比較し、黄体期で有意な低下傾向がみられた(p=0.05)。安静座位、起立時、着席時のHFは卵胞期、黄体期で有意な差はなかった。
【考察と今後の展望】
本研究の結果より、PMS兆候のない健康女性でも月経周期に伴い起立負荷時において自律神経の変動が見られる可能性が示唆された。過去の報告では月経1周期において黄体期で1日間、卵胞期で1日間の自律神経活動の変化を集団で検討しており、健康女性においては黄体期、卵胞期での有意な変動は認められていない。しかし本研究の結果により、縦断的データ及び起立負荷時の指標を用いることで黄体期の自律神経活動変動を検出できる可能性が示唆された。月経随伴症状の心身相関のメカニズムを解明するために、PMS/PMDD女性および健康女性を対象に自覚症状モニタリングや心理検査も行いつつ、起立負荷への反応も含めた自律神経機能を長期的、縦断的に検討していきたい。